OS X 10.9.1 メモリの空きがいつの間にか少なくなって動作がもっそりしている事がある。memory scopeで見てみると画像のように現在非使用中という状態のメモリがありこれが空きを圧迫しているみたい。memory scopeやその他のアプリでもメモリを解放するものがいくつかあるがスワップファイルを大量に作ったり余り効果がなかったりで良くない。
そんなとき使えるのが純正AppleソフトでTerminalからpurgeコマンド。(これを使用するにはXcodeをインストールする必要があり)またduコマンドも有効。これは本来ディスクの使用量を調べるコマンドですが、昔からOS Xには、これとアクセス権の修復を実行すると、メモリを解放するらしいです。
その他にtopコマンドも使えます。全体のメモリ統計とどのプロセスに多くメモリを使われているかチェックする事が出来ます。
とここまで調べて・・・でも面倒なので多分この手のやつだったら誰かがAppleScriptで書いてるだろうと思ったら案の定ありました。(笑)
http://d.hatena.ne.jp/zariganitosh/20110617/free_memory
自分なりに少し改造して使っています〜ありがたやありがたや。
2014年1月28日
Developers Summit 2014
デブサミ(Developers Summit 2014) が、2014年2月13日(木)・14日(金)ありますね。行きたいですが残念ながら今回行けそうにありませんね。
この年末、メイン使のPnasonic Let'sNoteからmacbookを新調し、色々パワーアップさせました。まずメモリ16GBに増設とTOSHIBA製のSSD 512GBを装着。劇的に速いですね、もう元へは戻れません。 Windows8、Ubuntu、CentOSもVMWare Fusion上で動かしてます。
2014年1月24日
2014年1月12日
屋根の雪下ろし
実家お茶室の屋根に上がり雪引き下ろし中。庭の樹の上がマカロン状態。笑
先週下ろしたばかりなのに。(^_^;)
去年夏に叔父さんのヘリコプターが来た時に、叔父さんの同級生が作ったビデオレター的なのが出てきて視聴中。笑
先週下ろしたばかりなのに。(^_^;)
去年夏に叔父さんのヘリコプターが来た時に、叔父さんの同級生が作ったビデオレター的なのが出てきて視聴中。笑
3Dプリンター モデリング講座
1月11日コワーキングスペースあさひかわ37(サンナナ)にて、3Dプリンターのモデリング講座に参加してきました。講師をした元由さんは、筐体から回路設計まで完全自作でマイ・セグウェイを作られその実演もありました。私も乗りました!
材料費10万くらいだそうです。ただ公道は走れなくてもっぱら北大とかのようです。北大も広いですからね。
このビデオの前に自立式倒立振子制御の試験の為のミニチュアバージョンがあって、それはiPhoneを載せてその加速度センサーを使っていたものでした。
バグウェイVer2.0 / バグウェイ
材料費10万くらいだそうです。ただ公道は走れなくてもっぱら北大とかのようです。北大も広いですからね。
このビデオの前に自立式倒立振子制御の試験の為のミニチュアバージョンがあって、それはiPhoneを載せてその加速度センサーを使っていたものでした。
バグウェイVer2.0 / バグウェイ
2013年12月27日
リチャード・P・ファインマンさん
アメリカ合衆国出身の物理学者リチャード・P・ファインマンさん。
Wikipediaに行くと彼のとんでもない逸話が紹介されていて面白いです。
〜いくつか抜粋〜
・何につけても自分が正しいと思ったことは実証しなくては気が済まない性格だった。あるとき大学のフラタニティと、小便は重力によって体から自然に出てゆくのかどうかという議論で喧々囂々となり、ファインマンが逆立ちして小便できるところを見せ、そうでないことを実証した。
・ノーベル賞受賞の知らせの電話が朝の3時半前後にかかってきたため、頭にきて賞を受けるかどうかも言わず、すぐに電話を切ってしまった。その直後から次から次へと電話がかかってきてうんざりし、ノーベル賞を受けなければこんな目に遭わずに済むのかと考えて受賞を断ろうと考えたが、断った方が余計ことが大きくなると『Time』誌の記者に諭されて、受け取ることにした。
・可愛い娘には目がなく、女性の心理を色々と研究して、どのようにすれば女性にモテるかをよく知っていたし、実際よくモテた。カリフォルニア工科大学で教鞭を執っているときはほとんど毎日のように自宅近くのストリップバーに通っていて、ダンスを眺めたりダンサーの気を引いたりしていた。また、ラスベガスが好きだったが、その理由のひとつもダンサーに会えることだった。
・NASAのチャレンジャー事故調査委員になるべきかどうか悩んでいたとき、夫人のグウェネスに「あなたが引き受けなかったら、12人の調査員はみんなでぞろぞろ連れ立って、色々な処を調べるが何も見つけられないけど、あなたが行けば、ひとりで飛びまわって、ひとの考えないようなことを調べ、きっと事故原因を見つける。あなたみたいなやり方のできる人は、他にはいないから」と諭され、委員になる事を決意したと話している。
・生涯を通じてユーモア溢れる語り口で有名であったが、それは死に際まで変わらず、最後に口にした言葉は“2度と死ぬなんて、まっぴらだよ。全くつまんないからね(I'd hate to die twice. It's so boring.)”であった。
Computers of NASA - 1960s
Wikipediaに行くと彼のとんでもない逸話が紹介されていて面白いです。
〜いくつか抜粋〜
・何につけても自分が正しいと思ったことは実証しなくては気が済まない性格だった。あるとき大学のフラタニティと、小便は重力によって体から自然に出てゆくのかどうかという議論で喧々囂々となり、ファインマンが逆立ちして小便できるところを見せ、そうでないことを実証した。
・ノーベル賞受賞の知らせの電話が朝の3時半前後にかかってきたため、頭にきて賞を受けるかどうかも言わず、すぐに電話を切ってしまった。その直後から次から次へと電話がかかってきてうんざりし、ノーベル賞を受けなければこんな目に遭わずに済むのかと考えて受賞を断ろうと考えたが、断った方が余計ことが大きくなると『Time』誌の記者に諭されて、受け取ることにした。
・可愛い娘には目がなく、女性の心理を色々と研究して、どのようにすれば女性にモテるかをよく知っていたし、実際よくモテた。カリフォルニア工科大学で教鞭を執っているときはほとんど毎日のように自宅近くのストリップバーに通っていて、ダンスを眺めたりダンサーの気を引いたりしていた。また、ラスベガスが好きだったが、その理由のひとつもダンサーに会えることだった。
・NASAのチャレンジャー事故調査委員になるべきかどうか悩んでいたとき、夫人のグウェネスに「あなたが引き受けなかったら、12人の調査員はみんなでぞろぞろ連れ立って、色々な処を調べるが何も見つけられないけど、あなたが行けば、ひとりで飛びまわって、ひとの考えないようなことを調べ、きっと事故原因を見つける。あなたみたいなやり方のできる人は、他にはいないから」と諭され、委員になる事を決意したと話している。
・生涯を通じてユーモア溢れる語り口で有名であったが、それは死に際まで変わらず、最後に口にした言葉は“2度と死ぬなんて、まっぴらだよ。全くつまんないからね(I'd hate to die twice. It's so boring.)”であった。
Computers of NASA - 1960s
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